P2


 生気が失せた待合い室、ツンとする刺激臭は独特で、視界の約六十パーセントを白が占める。これって駄目。どんなに元気な人でもここに来ちゃえば、一気にダウン間違いなし。っていっても、元気な人はここに来ないわな。だってここ、病院だもの。
 このとき、『RIPOSTE』は、最初の危機的状況だった。ヴォーカルが他のバンドに引き抜かれ、ギターも脱退しちゃって(こっちは就職だけども)。
 で、極めつけは、俺。いくら俺でも元気なのに病院に来たりしない。大変なことになっちゃったのよ。
 看護師のお姉さんが俺の名前を呼んだ。そんなかわいい声で二回も呼ばないで。高校生は年上のお姉さんに弱いんだから。しかも、ピンクのナース服なんて反則中の反則なんだから。たっちゃうじゃない。当然立つけど。だって俺、呼ばれたんだもん。
 総合病院の耳鼻咽喉科は、結構混んでいて、だいたい一時間ぐらい待たされた。座ってたソファーから立ち上がって、お姉さんについていった。ちょっと挙動不審になってたかも。俺の病歴でいうと風邪が大病だったから、病院って慣れてないのよ。風邪だったらさ、学校休んで、でも暇で、昼の帯番組見て、その番組名にしたがってゲラゲラ笑ってたら、「あんた、学校休んだ分際で楽しそうにしてんじゃないよ! 病人らしく寝てな!」って階段の下から母ちゃんに怒鳴られるくらいでしょ? 要は、パブロン飲んで寝てれば治るわけで、病院なんて来ないじゃない。だから、看護師のおねえさんのうなじにも慣れてないの。どきどきしちゃった。
 おねえさんがクリーム色のカーテンを開けてくれて、「どうぞ」だって。ここが病院じゃなかったらよかったのに。
 カーテンの中は、案外広くて、真ん中に怪しいホースがたくさんつながったやけに大きい椅子があった。お姉さんは、こともあろうか、その椅子に俺を座らせた。どっちかっていうと、こういうのに座ってる子を見下ろしたい派なんだけどなあ。
 その横には、安そうな汚い椅子があって、それに見合わない高そうな回転式の椅子、にヒゲオヤジ。
「左耳が聞こえない、ねえ」
 さすがヒゲオヤジ、さすが医者、テレバスかと思ったけど、違う、待合室で俺の名前を読んだおねえさんとは違うお姉さんに書かされた紙見て言ってんの。なんだ。
「それで?」
 って、またヒゲオヤジ。なんなの、この切り返し。それだけなんですけど。今日日の医者って、こんな自分勝手で横暴なわけ?
 それでも、良い子の俺は、一応、
「昨日、音楽きいてたら、いきなり左耳になんか詰まったみたいに聞こえにくくなりまして。そのうち治るかなあって思ってたんですけど、今日になってもおんなじなんですよね」
「ふうん、そう。じゃあ、とりあえず、耳みせてよ」
 俺、こいつ嫌い。自分で訊いてきたくせに、俺のこたえ流してやがんの。なんかずっと書いててさ、やる気のなさを全面に出し切っちゃってるのね。人の話を聞くときは、話してる人の目を見なさいって、幼稚園で習わらなかったの?
「ふうん。耳鳴りは?」
 その前に、俺の耳に息吹きかけないでくれます? ライトで耳を照らされて、覗きこまれてる。すっげー恥ずかしいことされてるような気分になる。耳掃除してくればよかったな、なんて考えてたら、「ひ!」って、変な声が出た。ちょっとちょっと、いくら耳が性感帯だっていっても、ヒゲオヤジの生ぬるい息で感じちゃったら立ち直れない。泣きたい。
「耳鳴りは?」
「ひ、低いのが……ずっとじゃないですけど、たまにでもないかんじで……」
 すべてアンタの吐息のせいなんだから、そんな、宇宙人を見るような目で見ないでよ!


BACK / NEXT